真夏の朝が停止した  ・今日のお弁当





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今日のお弁当Menu

□ ひじき入り和風ハンバーグ
□ だしまきたまご
□ にんじんシリシリー
□ かぼちゃとベーコンの炒めもの
□ 茹でブロッコリー





8月6日(金)    曇りのち晴れ    32℃



久しぶりに お弁当! って感じ (*^。^*)
ず~っと どんぶり弁当や 1品弁当だったからね
作るもの楽だったな^^;

安いひき肉を大量に買って保存してあったので、またひき肉料理だけど
ひじきと豆腐も少し入れて、和風ヘルシーハンバーグにした。


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毎朝、こんな風に4人分のお弁当を詰めている。
子供たちは レンジでチンして食べると言うので 丸い器に。



夏休みって、あと何日だ?

まだ まだ・・・・・・ ε~( ̄、 ̄;)ゞフー



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美しい衣服、手をかけた手縫いの衣服。
花柄のワンピース、水玉のブラウス、丸く小さな襟のついたワンピース、
セーラー服、光を透過する美しい花柄のワンピース、

涼しげないくつもの夏の衣装。







晴れた真夏の朝が停止した瞬間の記憶





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カメラマンの石内都さんは広島平和記念資料館に保管されていた遺品に息を吹き込むように、撮影した。


継ぎはぎの上着、薄茶色の産着、止まった時計。 身に着けていた人たちを想像する。
手縫いで繕った少女の服には母のぬくもり、ゆがんだ眼鏡には男性の無念。


65年前、広島県で被爆した人たちの衣服を撮影した写真約50点が
佐喜眞美術館で展示されている。



佐喜眞道夫館長は
「沖縄戦と広島、長崎の被爆はつながっているが、分断して考えられている」と語る。





沖縄に住む私たちは広島、長崎のことをどれくらい知っているだろうか。








1945年8月、日本の二つの都市に原子爆弾が投下された。
人類史上初めて核兵器が実戦使用された戦争。




日本では広島・長崎への原爆投下の「事実」を知らない人はほとんどいない。
小学生から、社会科・地歴のほか、国語など教育で扱われているし、
毎夏、テレビ・ラジオのドキュメンタリー番組や平和祈念式典中継、あるいは新聞などで報じられているから。

しかし、それでも若年層の問題意識の希薄化が進行してきているという。





1945年8月2日、6日に原子爆弾による攻撃を行うことが決定した。
攻撃の第1目標は「広島市中心部と工業地域」、
予備の第2目標は「小倉造兵廠ならびに同市中心部」、予備の第3目標は「長崎市中心部」であった。



1945年8月6日、広島市にウラニウム型原子爆弾リトルボーイが投下された。

そして 8月9日、第1目標の小倉市上空が視界不良であったため、
第2目標である長崎市にプルトニウム型原子爆弾ファットマンが投下された。






日本軍は当時、米国における原子爆弾開発の進捗状況をほとんど把握していなかったという。
「7月16日ニューメキシコ州で新しい実験が行われた」との外国通信社の記事を目にしたのみで、
実験直後の時点では内容も公開されておらず、当時の日本軍には知る術はなかった。




第三の原子爆弾


長崎市への原子爆弾投下後、プルトニウム以外の原子爆弾の部品は用意されており、
アメリカ本土からプルトニウムを運んでくれば原子爆弾をすぐに組み立てて完成させることができる状態であったという。
8月14日に基地からプルトニウムが出荷され、8月20日前後には第三の原子爆弾を投下することが可能であった。
第三の原子爆弾投下候補地は、小倉市、京都市、東京など諸説ある。

しかし 8月14日、日本から降伏通告が来たため、第三の原子爆弾が日本に投下されることはなかった。




日本の降伏により、1945年11月に予定されていた九州南部への上陸作戦、
並びに翌年3月に予定されていた関東地方への一大上陸作戦が中止となった。
この作戦が実行されていた場合、計107万人もの米軍が東京に上陸し、
双方合わせて広島と長崎の原爆による死傷者をはるかに上回る戦死者を出しただろうと
戦後に米軍当局はコメントしている。










ヒロシマ・ナガサキの悲劇は、現在においてもなお終結しているものとはいえない。


他の兵器と原子爆弾による人的被害の決定的な相違は、
強力な原爆放射線や放射能によってもたらされた難治性疾患や永続的な後遺症(晩発性疾患を含む)にあり、
生き残った被爆者やその家族に現在もなお、現実的な労苦を強いるものとなっている。
これは少なくとも全ての被爆者が亡くなるまで続く。 

さらに現在のところ公式には否定されているものの、
被爆者を親に持つ子(被爆二世)さらに被爆三世への健康影響(遺伝的影響)が懸念されていることから、
広島市では被爆二世への健康診断(任意検診)も行われている。





戦争の傷跡は、60年以上がたっても なお人々を苦しめている。
戦争を知らない私たち。 決して 決して2度と同じ過ちを犯してはならない。   黙祷




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by mm_house | 2010-08-06 11:51 | お弁当

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